20億の針

小学校低学年の頃だ・スと思う。学校の図書館で見つけたSF児童書。それがこの本だ・ス。
大人にな・ト大人向けの完全翻訳版を読みたいと思い、書名とアメーバ状の異星人が体内に入り込み・・・、という設定を頼りに、目録や案内のはしがきに片3[から目を通し、や・ニ辿り着いた。

読み進めるうちに、ああ確かに子供の頃に読んだのはこの本のジュナイブルだ・スと確信した。

宇宙の孤児

「20億の針」と同じように、当初ジュナイブルとして読んだ一冊である。
や・ニ本屋で大人版を見つけたときは、あれ・Aこんなに薄か・ス・ッ? とちょ・ニ拍子抜けしたが、当時、名前はよく目にしていたものの何となく事b出せないでいたロバート・A・ハインライン著というのを見て、あら・A昔、ハインラインを読んでいたのか、と妙に感心したのを覚えている。

物語は、これが自分たちの世界すべてだ、と思・トいた場所が、踀ヘ宇宙航行を続ける宇宙船の中だ・スというもの。細かいところはもう記憶にないが、ラストは、先祖が予定していたとある惑星に到達し、あたらしい大地に主人公たちが降り立ち、新しい世界を築いていくというところで終わる。

この作品で何が印象深か・スかというと、登場人物の一人(いや二人というべきか)に双頭の兄弟が登場するところ。物語の途中で符E福フ頭の持ち主が死んでしまうのだが、残された兄弟の悲しさなど、子供心に訴えるものがあ・ス。

踀ヘ、ペリー・ローダンシリーズの初期にも、ミュータント部隊の一員として、ロシアの双頭の兄弟が登場する。この兄弟が登場したとき、昔読んだ「宇宙の孤児」を思い出したというものである。

火星の碑uコ器 E・R・バローズ 火星シリーズ第7巻

まだ小学生の頃だ・スと思う。ちょうど小さな文字の文庫本を読み始めた頃。土曜日の昼下がり、家で寝4]が・ト、天井近くの棚に销ラられてあ・ス父親の本を眺めていた。ほとんどが大人向けの書籍で、題名を見ても何だかよくわからない。その中でふと「火星」「碑uコ器」という言葉にすうー・ニ引き寄せられた。これは面白そうな内容に違いない。早速椅子をたぐり寄せ、踏み台にしてその本を手に取・トみた。

夢中だ・ス。腹這いになり読み出したら止まらなか・ス。あ・ニ言う間に読了した。
火星を舞台に繰り広げられる主人公とヒロインを巡・トの異星人との戦い。こんな面白い物語があ・スのかと思・ス。
しかも、巻末のあとがき、創元推理文庫のほかの書籍の案内を読むと、この本は数冊から成るシリーズだという。しかもシリーズの本当の主人公はジョン・カーターという別の人物だという。
これ以降、火星シリーズ全巻を求めてあちこちの本屋を巡らキととなnラ、全巻揃えるまでそれほど時間はかからなか・ス。

後に、改めてシリーズ第7巻として本書を読んだが、本来のシリーズの主人公が出て来ない外伝的ストーリーながら、話の展開はシリーズ中屈指の出来といえる。

cハ、これからこのシリーズを読んでみようと思われる方がいたら、本編から読み始めらキとをお薦めする。

クローン

これもフィリップ・K・ディック原作もの。
「クローン」という題名から、クローン人間・クローン技術の話かと思・スが、ちょ・ニ違・ス。原作は「にせもの」で、こちらの方が内容に合・トいるように思える。

SFというより心理サスペンスというべきもの。自分がクローン人間ではないことを証明しようとする主人公の苦悩が重いテーマとして描かれている。これが「踀ヘ自分こそクローン人間だ・ス」との衝撃のクライマックスにつながり、さらに人間爆弾としてのこれでDという悲劇のどん底へ叩き落とすという、何とも見終わ・ス後に心に重くのしかかる映画である。

決して、楽しいとか面白いとかいう類の作品ではない。
が、非常にていねいに作られている感じがする映画だ。
精神的に疲れているときにはお薦めできないが、一度は見ておいて損のない映画である。

ペイチェック 州ウれた記憶

だいぶ前にBSで見て、久しぶりに面白い映画を見たなという記憶があ・ス映画。
今回地上波で、どうせカットシーンがあるからと何気なく見ていたが、結構引き込まれてしま・ス。や・マり面白い。

記憶を忘れた(踀ヘ本人納得済みで、ある期間の記憶を習獅キる契約とな・トいる)主人公が、恋人と共に繰り広げる逃亡劇。
逃亡の手助けとなるのは、記憶喪失前の自分が自分に宛てた、サングラス、クリップ、ライターなど一見何の変哲もない20個のアイテム。
原作は、「ブレードランナー」「マイノリティ・レポート」などの近未来への警鐘テーマを得意とするフィリップ・K・ディック。
バイク&カーチェイスのシーンがど迫力だが、とくにバイクテクニックを持・トいるわけでもない主人公が車の間を縫・ト逆走するのは、ちょ・ニ無理な設定。

地上波のラストでは、鳥籠の下から当たゅ・カが出てきてハッピーエンドとな・トいたが、最初にBSで見たときには、封筒に貼・トあ・ス切事b超レア物だ・スというオチだ・ス記憶があるのだが・・・?

007 カジノ・ロワイヤル

デヴィッド・ニヴンのパロディ版ではなく、最新作の方である。

主演のダニエル・クレイグが金髪だの目が青いだのと言・ト、本国では公開前はあまり評判が良くなか・スらしいが、蓋を開けてみたらこれはこれでいいらしいということにな・スらしい。

が、管理人の見たところ、何か007ジェームズ・ボンドというにはどこか違和感がある。動きはいい。歴代ボンド中、も・ニも瞬発力あるキレを見せたピアース・ブロスナンとは違・ス爆発力を感じさせる動きだ。

何かなあ、と思いを巡らしてみると、顔・肩の形かなあと思い当た・ス。ショーン・コネリーからピアース・ブロスナン(ジョージ・レーゼンビーはちょ・ニ除く)までのボンド役を销ラてみると、皆、面長で撫で肩のすら・ニした体型だ。それに比べてクレイグの場合、顔は正方形に近く、いかh・ナが・オりした体型である。この辺りに違和感を感じる原因があるような気がする。

さて、内容を見てみると、「ジェームズ・ボンドはいかにして007にな・スか」というコピーにしては、あまりにも内容がない。もう少し00昇格までの経緯を描いてもらいたか・ス。また、M役には前作までと同じ女優が出ていたが、若いころの007を描くのに同じM役というのはさすがに無理がある。

最大の欠点は、クライマックスの迫力が乏しいことだ。
これは冒頭の高層建築物上のアクションシーンがあまりにも出来過ぎていらキとの弊害だ。冒頭にあれだけのアクションを見せられれば、クライマックスはさぞやと期待せずにはいられないが、結局、これを上回るシーンは出てこなか・ス。
クレイグの硬い演技にしても、良質な材料は揃・トいるのに、その素材をうまく活かせてないという印象が強い。
とい・ト悪い作品ではない。007ではないアクション映画として見れば、なかなかの好作品である。とくにきれいなカメラワークは印象に残る。

次回作に期待したい。

ベン・ハー

小学校の頃、よく二週に渡り、前編・後編としてテレビで放映していた。
 
そのころの印象としては、最後の馬車競争がクライマックスである史劇アクションというイメージが強か・スが、その後、ビデオを買・トノーカットで通して見たとき、初めてキリストの磔シーンまで含む人間ドラマであらキとを認識したものだ
 
ここに来てようやく、なぜ同じチャールトン・ヘストン主演の歴史スペクタクルなのに、こちらの「ベン・ハー」ばかりテレビで放映するのか判・ス。
 
単なるアクション映画では収まらない、練りに練られたストーリーがこちらにはあるのだと
 
 
まだ技術的にも哲Bが確立されていない時代、ほとんど生身のアクションでこなしているのが判・ト、何度見ても“凄い”と言わざるを得ない。
 

こちらも「十戒」と同様、数年に一回は見て、心のリフレッシュを図るべきだ

武士の一分

上映当時、木村拓哉主演で話題とな・ス映画である。
藤沢周平原作の映画は、どれもよくできていnラ、本作は時間が短いせいか、ストーリーは予抽利a的に進み、クライマックスも変にひねりもなく、シンプルに仕純I・トいる。
もう少しチャンバラシーンがあ・トもtY・スのでは? と思わせるほど刀の出番が少ない。
木村拓哉の剣さばきが垣間見られるのは、緒形拳との木刀での打ち込みのシーン。ほかにももう一か所、自宅庭での練習シーンが出てくnラ、正確に木刀を振り下ろすのを見ると、かなりの鏑Pを受けたように見える。

「下級武士にも一分の魂がある」という割には、敵役の坂東三棚ワ郎の意地悪さがあまり伝わ・ト来なか・スような・・・。

ラストで下女として家に戻・トいた檀れいが、何とも可愛い奥様ぶりを見せている。
決して大型時代劇とは言えないが、小気味いい作品に仕純I・トいる。

士魂魔道 大龍巻

ともと「士魂魔道」という原作があ・ト、それを映像化するにあたり、竜巻を取・トつけたような感じの映画である。原作に竜巻が描かれているかはわからない。
「士魂魔道」という題名が、何かおどろおどろしさを醸しだすが、内容は至・ト普通の時代劇である。

大坂城落城後の混乱の時代を背景に、若いころの松本幸四郎(当時は市川染五郎)ほかの面々がしぶとく生き抜いていくというもの。ヒロイン役の星由里子が非常に可憐だ。
貫祿十分の三船敏郎がたd┸d双てくnラ、ちょ・ニ設定に無理があるような・・・。

いやいや、そんな無理はせ些細なこと。この映画で無理な設定といえば、クライマックスの竜巻のシーン。峠の一軒家に集ま・ス主人公を除く一派をことごとく蹴散らしてしまうという、文字どおり荒唐無稽の設定なのだ。

しかし、ここで設定の無理さ鵜クをつついても何も始まらない。ここは、円谷英二の哲B(冒頭の大坂城落城シーンでも見られる)を思う存分堪能したい。
何しろ製作されたのは1963年、昨今の哲B満載のハリケーンのシーンに比べれcꀀt拙であらキとは否めないが、家の中が吹き飛ばされるシーン、茅葺きの家が吹き飛ばされるシーンなどは、スローモーションをうまく使・トなかなか臨場感溢れる仕純Iりにな・トいる。

時代劇に哲Bがおまけで付いたと思えば、なかなか楽しめる作品である。